—実測を繰り返しながら物事をご覧になっていく中で、体得されてきた寸法感覚というのがあるんじゃないかと思うんですけども、例えばそういうものを寸法体系に落とし込んでコルビュジエのモデュロールといったような形に落とし込もうという考えは持たれませんでしたか。
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2011年9月22日
於:AMS
スケールについてはうるさい方だったけど、それはないなあ。すでにモデュロールがあったという感じかな。モデュロールの一つの限界みたいなものも感じていたし、あれは戦後という時代の要請があるんじゃないかな。共通の尺度を持つ、そういった理想が大きいね。戦後いかに工業生産と、美学、比例といったテーマを総合して組み合わせた上でどう建築を建てていくか、という大前提があった。
そしてそれを美というものにぎりぎり近づけようとしてつくった。コルビュジエのモデュロールはそうだと思う。結局そんなに応用範囲がないんだよ。モデュロールを小刻みにやってたら規格品にならないんだから。
ただ、ちょうどその最盛期の頃、東京の西洋美術館の図面が送られてきて、それに何にも寸法が入ってないんで、その寸法をできるだけモデュロールに合わせた寸法に入れ換える作業というのを、学部の時に手伝ったよ。なによりもコルビュジエの図面というのにびっくりした。
ピンクの図面でね。青写真っていうのはピンクなんだよ。最初小さいものだったのが、次に来た図面が大きくなって、その寸法を全部モデュロールに割り振らないといけない。
—ピタッと合うのでしょうか?
合わない。合わないところを最後どうしたらいいかっていうのを吉阪先生に相談したら「あっ、その枠を広くしましょう」とかって(笑)。自由に調整がついた。
—後の時代の人々がコルビュジエがいうマニフェストみたいなものを本人が思っていたかもしれない以上に厳密に原理原則化しすぎて捉えようとしているのではないか、という印象も持っているのですが。
建築の時代にはそういう「キメ」を誰かが言わないといけないところがある。それをあの戦後の時代に寸法の問題がどのようにして考えられてきたかというのを徹頭徹尾調べ上げて、人体を規準にした寸法の提案、美的比例尺度の提案として言い切って出したというのは、やはりすごいよ。大学の数学の先生に会いに行ったり、アインシュタインにも相談したりして、数学的な裏付けもやってるでしょう。ぼくも吉阪研究室で設計していた海星学院のプロジェクトを手伝った際には、やはりモデュロールで寸法入れしたことを覚えている。斜めの造形がたくさんでてきたりして、独特な吉阪ラインが出てくるんだが、エレベーションは斜めのものを投影する訳だから、どこでどう測ったらいいか分からなくなったりもしていた(笑)。
—モデュロールの絡みでいうと、先生の図面には描かれている、あるいは判子で押されている「人物」が見かけられます。
あれは最初からやってるからね。1964年からぼくはアトリエを始めているが、その頃にはもうあいつがいたよ。あいつはだから(腕組みの身振りをしながら)こうなってるか、こうなってるか、なんてやってたんだ。あの一人目を彫ったのは勝沼くんという者だったと思う。消しゴムに最初彫ってあった。それをだんだんゴム印化したからえらくスマートになっちゃったんだけど。
—色に関してはいかがでしょう。コルビュジエもカラーチャートがよく知られています。
案外ぼくはコルビュジエの色が好きだから、彼の色見本から5色くらい選んで使わせてもらってるよ。勿論それだけじゃないんだけど、まあ初期の頃はそんな感じだね。それから朱色や日本の藍色、深い緑を出すためにはやはり日本の方がいい色あるんだよ。コンクリートに映える色が多かった。やはり外の関係よりも内側の色かな。外観に色を出したというのはあまりないでしょう。コルビュジエだって外に出した色というのはあまり良くないんだ。内部の色は爆発的にすごい。