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実測・スケッチと撮影ー2

鈴木恂インタビュー
風景の狩人:狩りの道程

2011年8月25日

於:AMS

—いわゆる学術研究みたいな意図があれば、それを方法論としてみんなにやってもらおうとどなたでも考えると思うんですけれど、先生はあえてそういうことをされていないようにもみえてきます。避けているというわけでもないんでしょうが。

いやあ、自分ひとりのことで一杯一杯だったんじゃないかなあ。身近な連中で一緒にやろうといってもなかなかノッてくる仲間はいないし、方法を探す前に行動を伴うからねえ。その行動を一緒にできる連中がなかなかいなかった。まずは無手勝流に動きながら描きまくったということだよ。
それから今思い出すともう一つあるのは今井(兼次)先生。我々の時代の大学の先生というのは確かに大きな影響力があるなあ。今井先生の素描は確実に絵だね。ぼくのスケッチとは品格が違う。だから今井先生の絵を見て、とてもじゃないけど絵の方に自分は行けないなと思い込んでいる部分がぼくにはある。こういう清い絵は描けないと。これも一つの影響のかたちといえるね。今井先生という人は大教育者ですから学生を誉めるわけです。何持って行っても誉める、いや誉めちぎるんだ。これは僕も本当にありがたかった。僕のスケッチや、メモに近いものを見て、すばらしいって。大学院修了する時に「いつか一緒に展覧会やろう」と言ってくれて、感動して震えたんだよ。
メキシコに行って、帰ってきてすぐに、スケッチをお見せして、採ってきた拓本を差し上げて。だからぼくが刷った一番大きな拓本が先生のところにあるはずなんだけどね。奄美大島にしろ何にしろ、今井先生には全部見せたような気がする。学生の分際であきれた態度だよ。メキシコ行きは今井先生から回ってきたかなという気もする。というのは今井先生は文学部や演劇博物館とも関係がある。それから文学部の先生と懇意にしていたのは渡辺保忠先生。先生も安藤更生さんたち文学部の美学とか考古学の連中と付き合っていたからね。だから保忠さんが推薦してくれたのかなとも思うし、その辺は分からないんだよ。奄美大島にしろ、その前の九州一周旅行にしろ、厚かましくもスケッチを何人かの先生に見せていたんだね。ただしこのスケッチの大部分が実は捨てられてしまった。僕がメキシコへ行ってる間に、次の学年の連中が引き出しごと捨てたらしいんだ。まあいまでは無くなってよかった気もしている。まだ迷っていたころのスケッチだからね。

人がテーマのスケッチも数多い。

—今捨てられたスケッチのお話をお伺いした瞬間は方法論を煮詰めていく過程で「捨てられた方法」で描いてたものだからもう見なくなったという意味なのかなと思ったら、実際「モノとしても捨てられていた」ということなんですね。

奄美大島でのスケッチは製本したことによって残ってたのかな。それだけモノとしては残ってた。

—研究室でのゼミの時に一度奄美大島のスケッチを見せて頂いたことがあって、すごく印象的だったのが版形が縦長というか。

いやいや縦長なのは課題の設計図集。スケッチの方は四角っぽい月光荘のスケッチブック・サイズだよ。

唯一残された「南下」時のスケッチ、「奄美大島」編。5冊以上のスケッチブックをテーマ別に再構成している。

—最近また人気があるようです。

あの頃は学生全員月光荘のスケッチブックだったね。画用紙的にバラバラになっちゃうもんだから、製本したわけ。まあその結果として試行錯誤したのが分かる記録だと思う。この時には絵としてじゃなくて、記録という気持ち、それもかなり自分の記録、印象記録みたいなもの。そういうもっとインナーな、記憶を起こさせるためのものとして扱ってる感じがする。徹底して自分のその時のノリでもって描いている。対象と向き合って、その時つかんだその気持ちをどう紙に落とすかということしかないんですよ。正確に描こうとは思ってないし、そうかといっていい加減に描こうとも思ってはない。その時の迸り(ほとばしり)みたいなもの、多分それは我々が建築を見たり、空間を見たりする時に感覚として見る、その時の気持ちだと思うんだ。それを正確に描くというのは、次の時に役立てたり、みんなに知らせるためというような目的があって描くけど、しかしこの段階ではそういう機能を消し去ってる。ある意味方法は何でもいいという気持ちで描いていた。メキシコ・スケッチもそのノリで貫き通しているね。
ただね、この時に視点として、人の生活する核としての住居というものをちゃんと見ていきたいなと思っていた。それから、街というものをどうとらえたらいいかというのを考えている。通りにしろ、街角にしろ、街の空間というものをスケッチで描けないかと工夫している。それが記録の方法化へと向かっている。それから人だよね。一生懸命人を描こうとしてるね。

—「奄美大島」(のスケッチ)も人がすごくたくさん描かれている印象があります。

人間の動作というか、この人何をやろうとしているのかという動き。だからかなり写真に近づいていく。そのライブ、動きをつかみたい気持ちね。絵にはとてもじゃないけどならない。いくらこちらで同じ気持ちで酒を飲んで描いたところで表現できない。そんなことでだんだん写真でバシッとおさえた方が、その瞬間がとらえられるだろうという気持ちになってきたんじゃないかな。自分としては行き着くところまで行ったことによって、それからもう少し客観的にものを読むとか、人に伝える部分というのは必ずあるとか、次の設計に役立つような何かがここに記録として残せるとか、表現の欲や余裕が出てきたのかもしれない。僕の考える実測も基本は同じだと思ってるんだ。それで他の人とはどんどん離れていくわけだ。 

自身も酩酊しながら描き続けたという「お祭りの夜」
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